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しばらく間があきました [雑感]

ずっと中国古代史に逃避していたんですが、そろそろまた日本書紀に戻ってきたいと思います。
もっとも、ちょっと新しく仕事をはじめて、しばらくそちらにまたかかりっきりになりそうなんですが、通勤の時にでも、ちょびちょびと日本書紀を読み返して、何か面白いこと見つけたらかいてみる、みたいな感じででも、再開できるといいかなぁと思っています。
いやー、文庫っていいなぁ。
岩波文庫で日本書紀がでてなかったら、そんなことできないわけですから。

我が家は、(というよりも私の相方が)古事記は日本書紀より「後に」できた派であります。
学界説には完全に背を向けてますね。
このへんもじっくりと語ってみたいと思うんですが、何よりもまず、日本書紀を読み込まないと、ですね。
古事記は読みやすいんですが、その「読みやすさ」というのが、ひとつの罠なんじゃないかと最近、思っています。
それから、日本書紀と古事記の万葉仮名の違いとかは、これはもうものすごく面倒な古代語学の話になってしまうのだけど、けっこう重要だと思うので、おいおい、調べていきたいと思うわけです。

でも、中国古代史に浮気をした成果はあったと思います。
やはり、日本書紀は「春秋の筆法」で書かれているなぁという感触が強くなりましたし。
そうやって日本書紀を読んでみると、筆者たちの思惑というのが、けっこう、あれこれ盛り込まれているようにも思えるわけです。
そうなるともう「妄想の記紀解体」になっちゃいますね。
というか、題名に「妄想の」を加えようかしらん。

ところどころに地図を貼ってます [雑感]

このso-netのブログシステムに、地図をはりつけることができるようになったので、過去記事にさかのぼって、いくつか地図をはりつけてみました。
壱岐の月読神社なんて、こうやってさがしてもなかなか見つからなくて大変でした~。いや、神武東征のあとをたどって地図をはりつけるとか、ひとつひとつやってみたいですね。面白そうだ~。
もともと地図を見るのが好きで、記紀の記事でも土地にまつわる部分はできるだけ地図を参照しながら調べていたので、実地に地図を貼っていけると、調べていたことが追体験できていい感じです。
しばらく日本史やってなかったんで(まだしばらく、中国史やらなきゃならなそう……)感覚がにぶっているんですが、まぁ、『春秋』読むのも、記紀を解体する上では重要なことですから、地道にいきましょう。
しかし当然ながらこの地図、日本だけなんですよね。中国の地図がはりつけられたら、ほんとーに便利なんだけどなー。


一年放置しっぱなしでございましたm(_ _)m。 [雑感]

2007年初頭のご挨拶を述べようかと思ったら、前の発言が2005年年末……あらまぁ。
昨年はちょっと、記紀から遠ざかったおりました。そして、年末からなぜかわが家は中国史旋風が吹き荒れております。
もしかすると、こちらで、またアーティクルを連ねることになるかもしれませんが、記紀と直接関係なくても、やっぱりなんか関係してきそうな中国史なので、ご興味ありましたら、ごらんくださいませ。
とりいそぎ、本年もよろしくお願いいたします。


古代朝鮮がらみ [雑感]

半分ぐらい書いて下書きのまま放ってあるものとか、どうしても増えてきたので、ときどき、雑感で息抜きすることにします。

というか、種々雑多な本をあまりいっぱい詰め込みすぎていて、頭の中で、どの説がどの本にはいっていて、どうなっていたか、わからなくなりつつあります。と、年はとりたくないぞっ。
DHAを飲んでがんばらなくっちゃ。

本日読んで大変におもしろかったのは『実証 古代朝鮮』井上秀雄著、NHKブックス。
古代朝鮮史が概観できるだけでなく、わたくし的に非常に重要だと思われる案件を発見。

それはですね、古代中国・朝鮮・日本の金石文・碑文の字体変化を、きちんと年代史的に見せてくれていて、異体字の変遷とその通過をみて、『稲荷山古墳出土鉄剣銘文』の制作年次辛亥を、通常言われている471年または531年ではなく、さらに一巡繰り下げた591年だろうと推定している部分です。この銘文に使われている「獲」の異体字(右側の旁の草かんむりがないやつ)が、東魏(534~550)と北斉(550~577)でしか使われていないということで、この文字が新羅にもたらされるまでに約30年かかっているとのこと。(これはほかの字体の変遷からもほぼ立証できる年数のようです。つまり、南朝で作られた文字が北朝に渡るのに約10年、北朝から高句麗にはいるのにさらに10年、高句麗から新羅にはいるのに、さらに10年という感じなのね)そして、東魏でこの「獲」の異体字が使われている碑文が536年のものなので、それより前にはくだらないだろうというわけです。東魏は北朝だからもしかしたら20年ぐらいで新羅にもたらされているかもしれないけれど、新羅における碑文で「獲」の異体字が扱われているのは658年のものなのですって。たとえ、新羅を経由せずに百済を通して早くに入手していたとしても、この536年碑文の文字を、日本で531年に使用するのは無理があろうということ(ましてや、471年ではね)。

あと、日本では、石に彫られた、いわゆる石碑文というものがとても少ないということ。
そして中国と朝鮮では、この石碑文の意味がかなり違うということ。
これによって、「漢字」を使う文化意識がおのおの異なるだろう、というあたり、すごく示唆的で勉強になります。

つまり、中国では、おおまかにこの時代(紀元前後から5~6世紀あたり)の碑文というのは、神道碑、顕彰碑、巡狩碑などが中心なのだけれど、古代朝鮮では、もっぱら布告文に使われているということ。(実は「高句麗広開土王碑」というのは、この広開土王の業績を布告するとともに、広開土王の守墓人(墓守)と烟戸(墓守の家族)の所属確定と売買禁止を明示しているんですね。単なる顕彰碑ではないのだそうです)
これが日本にくると、こうした形で石に文字を彫って、なんらかの顕彰をしたり、布告をしたりということは全然やってなくて、鏡とか剣といった呪具に文字を刻むという、きわめて宗教的な用い方(それはある種、原始的な使い方なのだけど)をしている、ということ。

さらにもうひとつ、すっっっごくびっくりしたのは、6世紀における古代朝鮮では、金石文の発見地のおよそ八割が王都とその周辺なのに、同じ日本では、畿内三割、地方(律令における「外国(とつくに)」)が七割を超えていること。そして、その発見地域は、九州や山陰、関東など、畿内より朝鮮三国との交渉が容易なところ(逆にいうと、畿内を経由せずに交渉しているところ)なのだということ。
畿内の大和朝廷で文字文化が急速に発展するのは、十万点以上の木簡が大量出土するようになる七世紀後半以降である、ということ。

「このように考えれば、日本での文字文化の受容が大和王朝のみによるとする通説には、抜本的な再検討が必要となろう」と筆者はいってます。この説には大変に賛同します。

う~ん、もともと稲荷山古墳からでてきた鉄剣の銘文ですが、あそこに書いてある「獲加多支鹵大王」は雄略だとは思えなかったんですね。これはなんつーか、単なる読んだ印象なんですが、特に「杖刀人首(じょうとうじんのおびと)」というのが、ものすごくひっかかる。「杖刀人」というのは、「刀による人、刀を持つ人」なのだろうと思うのですが、こういう名称が、古代日本で使われているという傍証はないわけですね。
もしかして、今後、こういう職種(だろうな)が明記されている文書がなんらかの形ででてくるかもしれないから、そうなるまでの思案にすぎないのだけれど、こういうふうに「刀をもって仕える人」という具体的な職種名というのは、どうも日本的な感覚とそぐわない。

たとえば、物部といい、伴部といい、兵力をつかさどる古くからの(と言われている)グループも「もの」とか「とも」とかいう、大変に抽象的な言葉で表されているんです。
「兵」をもって「つわもの」とか「つわものぞなえ」とか言うわけですが、こんなふうに大和言葉であらわされると、具体的な武器名は欠落してしまう。というか、具体的な武器の名前をつけた職種名を持つという感覚が、そもそもないんじゃないか、と思うわけです。
もちろん、当時の日本人が「刀(かたな)」とか「剣(つるぎ)」とか、はたまた「槍(ほこ)」とか「楯(たて)」とかをもっていた記述というのは、日本書紀でもでてくるわけですが、そういうものを持つ人という意味の職種名としては、明記されていない。それは逆に言うと、具体的な武器名を明記した職種名というものは、古代日本ではなかったんじゃないかと思えるわけです。
もっとはっきり言うと、具体的なものを指して言うような名称を使うのは、はばかられたのではないかな。

少し時代をくだって、兵衛といい、近衛といい、近侍といい、侍というあたりでも、武器を扱う人間を、具体的な武器名で呼ぶことがない、という印象があります。もしかして自分が気づいてないだけかな? そのへん、もう少しきっちりと調べ直してみよう。

そしてもしも、古代日本において、武器の名称をそのまま職種名とするような慣習がなければ、「杖刀人」というのは、日本の職種じゃないってことになるわけですな。
私の印象は高句麗なんだけど(^_^;)……これはいくらなんでも飛躍しすぎかしらん。

あらら、雑感といいつつ、書籍紹介になっちゃったかな。だったらもっときちんと紹介すればいいのかしら。


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