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またまたご無沙汰でした。なんとか復活、したいなぁ。

いやもう、この一年、怒涛でした。
フルタイムの仕事がきつい中年のおばさんです。
片道一時間半かかるのも……。この年になると、なかなか仕事がないもんですから。
とはいえ、なんとか勤続三年、どうにか続けられそうになって、少し、息抜きもできそう。
また、ぼちぼちこのブログにアップできるといいなぁ。

で、一年前と状況は変わらず。
二人の間人問題は、かなり炸裂しています。
聖徳太子がらみのネタもからみます。
プロジェクト・スメラミコトも、相変わらず生きています。

加わったのは、豊国の問題。宇佐八幡宮をどうとらえるか、ですね。
それと吉備。ここへの言及が少ないのはなぜか。
この二点は、かなり突っ込んで考えています。

訂正としては、嶋吉備皇祖母のこと。
この人は、ストレートに久米皇子の娘ではないか、と思うようになってきました。
母親が桜井弓張皇女です。
田村皇女とも呼ばれている嶋皇祖母が、この桜井弓張皇女の妹っぽいのです。(桜井とか桜井弓張とか、このへんの名前は数代にわたって錯綜しているので、「っぽい」などという表記になってしまうのですが)
これだと、叔母と姪が同居していたことになるから、一見、関係なさそうな二人の女性がずっと嶋館で同居していた意味が分かると思います。
どうして蘇我馬子の嶋館を受け継いだかは、まだ、ミッシングリンクなんですけどね。
そうなると、皇極天皇は久米皇子の孫ということになり、穴穂部間人のひ孫ということになって、二人の間人のミッシングリンクは完全に埋まるのですが、はたして……ですね。

ここは、がち、というには程遠いのですが、どうも、それらしいぞ、というのが固まってきました。
なぜ、二人の間人に血縁があることを隠さなければならなかったか、これがはっきりすると、日本書紀の筆法がより鮮明になるとは思うのですが。

あと、天皇の和風諡号についても、いろいろ突っ込んでみています。豊の問題も、ここからきています。
これは今までもいろいろと語られてきたけれど、なんだかピンとこない意見が多かったので、我が家なりに珍説を作ってみました。いずれご披露できると思います。

では、今年もよろしく。
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