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任那と鉄と [問題提起]

まぁ、ふらふらと日本古代史の続き。

「任那(みまな)」というのは、日本人だとわりと「任那日本府」とかで「高句麗好太王碑」とかとセットで日本史で勉強した記憶がある……はず。(なくても許すぞ)
これに関しちゃ、日韓併合時代に、好太王碑(いまでは、広開度王碑と言われる)の碑文を改竄した云々なんてーおろかしい噂もたっておりまして、早い話が、そんな古代に日本が朝鮮半島を征伐しにいった、なんて、あほんだらな~、ということになっております。
でも記紀では「三韓征伐」「新羅征伐」みたいな言い方をしておりますのよ。
このへんの言い方に関しては、ちょっと腹案があるんだけど、それはおいといて。

現行、「任那日本府はなかった」ってことで、日韓双方の歴史家の意見は一致しているようであります。
任那日本府ってのは、任那(朝鮮半島南部の、釜山に近いあたりと想定されている)に日本政府の出先機関があって、そこに兵力も蓄えられていて、そいでもってあれこれ朝鮮半島で日本兵が戦ったと思われていたらしいんですな。(まぁ、それらしい記述ではある、たしかに)
しかし、そもそもそんな出先機関作るような政府が、当時の日本のどこにある~ってことで。
いや、そもそも政府あったんかいな、という感じですね。

まぁ、政治的な意味合いもあって、この「任那日本府」は学会としては早めに引っ込めたはずなんですが、どっこい、けっこう長いこと教科書に残っちゃってて、それでいろいろと問題にもなりました。はい。

で、現在では、この任那というのは「金官加羅」だろうということになっています。
金官加羅というのは、朝鮮半島南部に、結局、国家形成に至らなかった、加羅もしくは伽耶と呼ばれる地域があって、その中のいくつかのグループのひとつであります。ほかにも、安羅とか多羅とか、大伽耶などなどありまして、そう、「倭の五王」の「使持節・都督倭新羅任那加羅秦韓慕韓なんたらかんたら将軍」みたいな称号がありましたが、この中の「任那」「加羅」なんとか韓あたりは、みんな伽耶のそれぞれの小国群をさしてるんだろうということに、大体、落ち着いています。
ま、なんとなく、秦韓は辰韓、慕韓は馬韓なんじゃないかって説もあって、そうすると、任那加羅あたりは弁韓なので、それって三韓全部じゃん、ずーるーいっっってことになると、思うな。
一応、中国の史書で、こういうふうに称号あげたよ~んといってるんだけど、どうよねぇ。

それはさておき、この任那であるところの金官加羅を含む伽耶全域は、かつて弁韓と呼ばれた地域とほぼあたるだろうと言われております。
で、この弁韓てーのはですね、鉄の産地なんですわ。
しかもこの鉄は獩や倭も採りに来る、と言われているばかりでなく、楽浪郡あたりにも運ばれていたらしきことが史書に書かれてます。
つまり朝鮮半島南部は早くから鉄製品の産地として名高かった、というわけですな。

そういう地域が、国家形成されずに、残っているわけです。
誰もが欲しいよね。
そんなわけで、新羅も百済も、加羅を併合しようと、どんぱちやってきます。
これの尻馬に乗ったのが、倭、というあたりが真相に近いんじゃないかなぁ。

ちなみに倭ですが、わたくし、近畿大和政権とイコールとは思っていません。
あれは「倭の別種」と言われた日本であって、倭は九州王朝だろうと思っています。
神功皇后にぶっころされたっぽい仲哀天皇(この名前からして、すんげーかわいそうだよねー)なんかは、この九州王朝な人なんじゃないかと思いますな。
んでもって、神功皇后なんて、もしかしたら、伽耶あたりの小国のお姫だったかもしれず。
そいで、自分とこ助けてもらおーと思って、倭王と結婚までしたのに、兵力出してくんないってんで、怒って旦那ぶっ殺して、自ら兵力持ってでかけていった……と考えると、なんとなく、納得いくんですけどね。
そこに介在する武内宿禰も、どうやら渡来人らしいということになっているようですし。

まぁそんなことをつらつらと考えてみるのも楽しいもんです。
平安朝を開いた桓武天皇が、これまた母親が百済系で、名前もなんだか百済っぽくて、すばらしく渡来な匂いがするので、この桓武までは、渡来系二世とか三世あたりが、勢力持ってる巫女と結託して、大王の座を争ったぐらいに考えてるんですよね。
大体、日本古来の家族制度は母系だし、女性の墓が独立して存在することからも、女の地位はかなり高かった……というか、ある種の女の存在なくして天皇にはなれなかったんじゃないかな、と思ってます。

その背景に、常に任那の鉄(軍事力)があるわけね。だから、古代日本においては、表の海岸ルートは、瀬戸内海ではなく、壱岐・対馬・出雲・丹後・敦賀・越というルートだと思われます。
応神にいたって、住吉の海軍力を握って、瀬戸内ルートを制覇して、難波を出城(でじろ、だと思うのよ、難波は)にしたんじゃないかな。
それより前の、あの大和の地域は、果たしてどれほどの権力が握れただろうか。

ただ、宗教的な基盤はあったわけで(三輪の大物主が古そうだ)そいつを継承しないと、本当の意味で日本を制覇することができなくて、じたばたしているうちに、ライン途絶えて、敦賀から継体がやってくる。
この人はなんだかもう、ストレートに新羅か高句麗あたりから渡ってきていそうですよね。
てなことを、つらつらと考えているもんだから、現在の課題は……。

キーとなる巫女王の系譜探し。
記紀に見られる帝王の子供たちの命名に、何か謎はないか。(よく、乳母の名前がつけられるって言い方するんだけど……それ、おかしい気がするのよね)
そもそも、天皇になるってどういうこと?(大嘗会の記載は、天武天皇がはじめてなんざんす)

このへんが、すんげー気になるところ。

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で、タイトルとはちょっとずれますが。
この記紀にみられる皇子たちの命名に関して、とてもおもしろい説があったので、ご紹介をば。
初期天皇后妃の謎―欠史八代...
この本は、日本古代史とアイヌ語サイトの管理人さんがおかきになったもので、たまたま縁あって手に取って読む機会があったのですが、なかなか示唆的なのです。
それはつまり「妻方の親から名前を受け継ぐ」つまり、入り婿になる、ということですね。

これは巫女王の系譜探しと、皇子たちの名前ってことで、つながる疑問にひとつの答えが出せるんじゃないかと思うわけです。
たとえばスサノオなのですが。
クシナダ媛の両親、アシナヅチ・テナヅチは、またの名を「稲田宮主簾狭之八箇耳(いなだのみやぬしすさのやつみみ」と言うのであります。
あるいは、アシナヅテナヅの妻が、稲田宮主簾狭之八箇耳だったりする。
クシナダは「奇しき稲田」なので、その両親が宮主となるわけですが、そうなると、そもそもの名前は「スサ」の八つ耳」なわけね。
つまり、スサノオのスサは、妻の親(父親なのか母親なのか、一書によって違うんだけど)の名前をもらっていることになる。

こういう事例が、欠史八代にもみられると、おっしゃるわけで、その謎の解明については、上記のご本もしくはサイトをごらんいただくとして。

なんとなく、「入り婿しないと」というのが、キーポイントな気がしてきたんですよ。


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金官加耶

 加耶、任那、いずれにしても製鉄が盛んな地域だったんですね。その地で倭人が製鉄技術を開発して以後、このちの鉄は朝鮮半島の垂涎の的だったらしいですね。その加耶が滅んで、出雲に新たな製鉄文化を創ったので出雲は記紀の
記述にも見られるように古代において一目おかれる存在になったようです。
by 金官加耶 (2005-09-18 20:34) 

ほんわか

神功皇后の息子のものと比定されている巨大な応神天皇陵
をみると、圧倒的な国力の勢力が関西にあったようですが(笑)
by ほんわか (2005-11-14 08:03) 

tenko

伽耶・任那の鉄といずもの鉄って、かなり直接に結びつくんじゃないかなぁってぼんやり思っています。つまり、伽耶で製鉄やってる人たちと出雲との往来というのは盛んだったんじゃないだろうか、と。
その鉄の力が、出雲の宝だったからこそ、大和朝廷は出雲を欲しがったのではないかなぁと思ったりしています。

応神天皇という人の由来については、まだ考慮中なんですが、(たぶん、二人の人間の行動を複合して作っているっぽい)とりあえず息長足媛(神功皇后)の子供って存在のほうは、明らかに越の王朝なんじゃないかと思っています。でもって越は高句麗とも関係があったし、従来言われているよりも大きい政権があったんじゃないかなぁ。応神天皇陵と呼ばれるものが、本当に応神天皇のものかどうかは疑問が残りまくりなのですが、いずれにしても瀬戸内海を中心とした海人(あま)の一大勢力があって、これが近畿を統合しようとしっちゃかめっちゃかやっていたという感じはありますね。ただあのどでかい陵を作る力が、=強大な兵力かというと、これまた疑念が残るのであります。
by tenko (2005-12-01 17:26) 

CHOJI

 山陰には四隅突出方墳という出雲特有の古墳が弥生時代後期から造られはじめ、島根県安来地方で古墳時代前期の大型方墳へ発達し頂点を迎えるそうです。
 その出土品の中に金銅装環頭大刀という、奇跡的にも損旧を免れ、古代の輝きを今に伝えているそうですが、これが任那と大きな関係をもつ高句麗製の大刀らしいのです。
 高句麗と日本は任那を通じての往来を考えるのが妥当であり、またこの地は朝鮮半島から製鉄が伝わった地として、製鉄神とも見なされるスサノオ神話が残っていたり、その後もずっと日本の製鉄の中心を明治に入るまで担ってきた地域でもあります。こうかんがえると出雲と任那の鉄には大きな関係があるのではと思います。
と思います。
by CHOJI (2006-07-03 13:34) 

牛川

安来の特殊鋼のルーツはこんなところまで遡れるのですか。たいしたものです。
by 牛川 (2007-09-13 20:19) 

クリスタルキング

 そうですか、切れ味、光沢、抜群のヤスキハガネは先端技術の結晶だとおもっていましたが、こんな歴史もあるのですね。
by クリスタルキング (2007-10-01 22:17) 

東郷特殊鋼

 いまは懐かしい安来タイムスといういかれた地方紙があった。しかし、その中で古代出雲の記事は優秀だった。
 そんな記事を久しぶりに読ませていただきました。
by 東郷特殊鋼 (2007-10-05 00:49) 

YSS

 そうでしたよね安来タイムスは最先端の山陰の考古学をわかりやすく書いていましたね。
by YSS (2007-10-08 21:39) 

サハシ

 日立金属さんのある安来ですか?私は日立さんの特殊鋼使わせてもらっています。切削性がよくて熱処理したら切れ味がよい材料。切れ味も切られ味も抜群という印象を持っており、作業が気持ちよく出来ます。
by サハシ (2007-11-28 22:08) 

アルタ

 色々ありますが、千年以上かけ離れたら別民族であり、そのため島根は竹島問題で苦しんでいます。
 古代に女系の天皇制があったとしてもそれも千年以上かけ離れた話なので、今の情況で天皇制を話すべきでしょう。

 朝鮮半島から鉄が伝えられましたが、それも千年以上の月日が経ち、日本独自の砂鉄製鉄法や日本刀という独自の鉄鋼技術を生み出したのはもはや独立したものと扱うしかないほどの独創性が盛り込まれていると思います。

日本の誇りは出雲を知ることから回復できるのかもしれません。
by アルタ (2007-12-09 01:36) 

PCVD

>>サハシさん
それってSLD-MAGICって材料じゃないですか?わたし某表面処理メーカーなんですが、経済産業大臣賞をもらうほどだけある材料だと感心しています。
by PCVD (2007-12-09 16:06) 

田部

 それは日刊工業新聞の日本ブランド賞だったのでは?
by 田部 (2007-12-27 00:57) 

長谷川

 でもこういった温故知新なブログいいですねえ~。
by 長谷川 (2007-12-31 12:57) 

tenko

ちょっと忙しさに取り紛れて放置状態にしてしまった間に、たくさんコメントいただいて恐縮です。
というか、こういうネタで反応してもらって嬉しいというか、ありがたいというか。
出雲の鉄については、別途、語る機会があればいいなぁと思いつつ、出雲関連の書籍をあさっております。
四隅突出方墳も、特殊で面白いですよね。
私は出雲と丹後を結ぶ何かがあるんじゃないか、と思っているんです。
丹後ってあまり注目されていないところなんですが、間人皇后(聖徳太子の母親)が一時期、ここに「退座」していた、という伝説が残っていまして、もしかして間人皇后は中継ぎの天皇に近い位置取りだったんじゃないかな、とか思っているんですね。
それが、蘇我・物部の争乱の時に、丹後まで避難していたとなると、相当に大変な状態だったのかなぁ、などと妄想中。
じゃあ、丹後のそういう勢力っていうのは独自かというと、そうではなくて、出雲の後押しがあったんじゃないだろうか、という発想なのです。
間人は土師人と関係があって、葬送関連に強いのではないかと思われるわけですが、このへんも出雲との関連から考えるといろいろと興味深いのです。
それにしても現代技術はすごいなぁ。
日本の鉄鋼技術って、本当に世界に冠たるものだと聞いておりますが、それが出雲に脈々と受け継がれているっていうのはステキですね。
by tenko (2008-04-20 19:27) 

玉鋼

日立安来で定年まで勤め上げるということは、大変な事なのです。心から尊敬できる人です。
by 玉鋼 (2015-06-14 14:11) 

たたら

たたらの現代版といえば海面鉄。海面鉄で日本刀も出来たのです。海面鉄プラントで、日夜活躍した、技術者達は、皆、サムライであり、安来工場の伝説となっている。もう、大部分、あの世に行っておられます。
by たたら (2015-06-15 20:30) 

長崎

安来に日本でただ一つのアモルファス工場があるそうですね。次世代の大切な素材大事に育てて欲しい。

by 長崎 (2015-11-06 19:11) 

電器メーカー

一度、日立金属さんの安来のアーク炉で働くのを見学しましたが、炉前で働く人達から、オーラとでもいうのでしょうか、不思議な光が出ており本物だと思いました。
by 電器メーカー (2016-03-06 23:02) 

職人

体から発する何とも言えない雰囲気ですね。わかります。
by 職人 (2016-03-15 18:12) 

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